あ ら す じ

 

みなさんはコンビナートや石油基地をご存知ですか?

あの大きな大きなタンクがいくつも並ぶ所です
もしもあのタンクで火災が起きたら?
ニュースでご覧になったこともあるでしょう

あのタンクにはネットリ~サ~ラサラまで
が詰まってます

お風呂の屁」とは、タンクをお風呂に見立て
ブクブクと泡が上がるイメージなんです

上がるのは消火剤
油面に広がってしっかりと火を消してくれます
略称をS・S・I『液面下注入消火方式』と言います

この消火方式を普及させるべく
わが国で初めての石油タンクを燃やす
実証実験に挑んだのです

実現の陰には
一人のへそ曲がりがおりました
へそ曲がりは常識にとらわれず
恐れを知りませんでした

あなたがへそ曲がりと呼ばれているとしたなら
それはあなたの才能である間違いありません
へそ曲がり人生は挑戦の繰り返しなのです
見方さえ変えられるのなら
すべての世界が新鮮に見えて来ます

後編ではへそ曲がりでも

十分社会に通用したというお話です

 



小説の一部をご紹介してます

 京浜東北線(現在の横大線)石川町駅は、川を跨ぐ橋上駅で、輸入高級ブランド商店街として有名な、元町通りを抜けて中華街へと至る下車駅として、また外人墓地の丘へ上るスタート駅として、早い話が、デートコースの起点駅でもあった。
 この中華街に至る道沿いを流れる川先に、当時は、東京の木場と並ぶ、輸入木材の貯木場があり、あたり一帯には、大倉庫街が広がっていた。
 この頃、アメリカは進駐軍駐留兵の引き揚げにともなって、県内に集中している広大な基地の返還を始めていた。
 その流れを受けて、本牧にあった大規模な米軍住宅地の返還が進められていた。

 その煽りを受けて、この倉庫街も空洞化が進んでいたのだ。
 辺りは、夜間に入ると人影はなく、大変物騒な地域となっていた。
 日活映画に登場する、ギャングものを地でいく密輸取引現場が抑えられたり、拳銃の撃ちあいがあったり……、連日、なにかと新聞の社会面を賑わす事件が多発する地域でもあったのだ。
 一方、スラム化が進む倉庫街を歓楽街にする動きも始まっていた。
 米兵や若者相手のダンスホール、ジャズライブハウスなどが次々とオープンし、この頃に流行(はやり)出したゴーゴークラブなる、激しいダンスを出会った者同士が、酒を呑み交わしながら楽しめる店なども生まれており、この一角だけは新興歓楽街として盛り始めていた。

 しかし、こうした開発途上の街でよく見られるように、繁華街を一歩はずれた周辺は、闇の廃墟地化しており、港湾労働者たちが、仕事にあぶれ、ドヤ街をつくっていた。
 深夜の若者天国の一歩外は、魔窟のごとき最悪の状況にあって、怖いもの見たさに集う者たちが事件にまき込まれることも、後を絶たたなかったのだ。
 しかし、お隣りの本牧では、広大な基地返還跡地大開発が進められており、横浜市が進める都市計画の柱ともいえる、新興住宅地が続々と誕生していた。
 そんなわけで、俺と藤本を除く他のメンバーは、ごく最近になって、この辺りに新居を構えたり、借家住まいをする者が増えていた。
 
 この倉庫街に誕生した歓楽街の特徴は、未返還地域に残されていたた本牧住宅地で暮らす軍属の若者たちが、横須賀へ出るよりは手軽に、彼ら好みの文化を味わえる場所として、好んで出入りしていたことだった。
 手軽に本格的なジャズを、横須賀とは違った、倉庫の建て替えでこそ実現できた、ゆったりスペースを持つ大ホールが提供されていたこともあったであろう。
 米軍属の友人によると、駐留米軍基地内では、このような場所は、上級士官が楽しむクラブハウス以外、周辺には存在していなかったようで、横須賀やノースピアに入港する、長期間軍艦に乗って水兵たちにも、絶好の遊び場として知れ渡るようになったのだそうだ。
 彼らにとって、横須賀ドブ板通りに見られたような、キャバレーに毛の生えた程度のライブハウスでは味わえない、本土並みの広々とした環境が、彼らを熱狂させ、急激にこの街を盛らせて行ったようだ。
 そんな場所であったから、週刊誌記事に誘われるように、当時の若者たちが集まりはじめ、日暮れともなると、毎晩、街は翌朝までの別世界を繰り広げていた。

 この街の中心部に、われわれが目指す横浜を歌う童謡名そのままの「レッドシューズ」(赤い靴)という名のゴーゴークラブはあった。
 日頃、われわれが近づくことのないこの街に、怖いもの見たさで誰もが初体験「皆で渡れば怖くない心理」だけをよりどころに挑んだわけだから、これから繰り広げられた体験は、想像を絶するものとなった。

 「赤い靴」を模った派手なネオンサインで飾られた巨大ドアが、両脇に立つボーイ達によって左右に引き開けられた。 それは元倉庫の巨大ドアを軽量なものに換え、濃い原色塗装を付した独特の形をしていた。
 とにかくデカく、一同が中に入った途端にそれは閉じられて、闇空間に迷い込んだ錯覚に囚われる演出で、目が暗闇に慣れるまで、天井の紫や赤のネオンサインが、あたりをボンヤリ映し出すのに気づくまでには、かなりの時間がかかったように思えた。

 俺たちは、異空間に入ってしまった感覚に、ただただ興奮しきっていた。
 その空間を見上げると、天井自体が、どこにあるやら分からぬほどに高く、吊られたネオン灯だけが見えるだけだった。

 さらに進むと、暗闇の一角から吊り下げられた暗褐色の緞帳垂れ幕の奥に、目指すダンスホールはあるようであった。
 緞帳の奥からコンクリートの床に鳴り響く、ドラムやベース混じりの超低音と、ベンチャーズ系エレキの高く鋭い音が、俺たちの全身を揺さぶるような感覚で響いてきた。
 この空間でさえそうだから、緞帳の向こうは、さぞかし音の滝に打たれる感覚に晒されるに違いないと予測させるに十分だった。

 ホール入口両脇にテーブルが置かれており、左右それぞれに用心棒らしき風体のゴツイ人物とボーイが二人づつ立っていた。
 ここで一応は来客の年齢チェックを済ませて、入場チケットを買い、最後に緞帳の入口で、バドワイザーを一缶づつ手渡されて、ホール中へ誘導される流れになっていた。

 分厚く重たい生地で作られた緞帳の隙間から、ボーイを追いかけるようにして進むと、先程来聞こえていた音のボリュームが最高潮に達し、音楽というよりは、轟音とか爆音と表現したら良い空間へ突入したことを実感させられたのだ。

 ホール内は、先ほどより若干明るくはあったのだが、そこにわミラーボールの反射光や、機械的に首を振りつづける数多くの小型サーチライトに照らされて踊り狂う人々の姿があった。
 そこでは周囲の立ち飲みテーブルで、ビールや、なにやら分からぬグラスを呑み交わす人々が、中央ステージに立つ踊り子たちに合わせてリズムに酔う姿があった。 その姿は、まるでカメラのフラッシュバックのごとく浮かび上がって来るのだった。
 葉巻を含む強いタバコ臭やら、おそらくは麻薬に近いものも吸われていたに違いない煙臭が満ち溢れていた。
 それはなんとも評し難い臭いと、大型換気扇が回る騒音をごちゃ混ぜにして、人々を興奮の渦へまき込んで行くのだった。

 入り口で手渡された缶ビールも入って、俺たちは初めて体験する雰囲気に圧倒され、一つの立ち飲み丸テーブルを囲んでいた。
 やがて、周囲の興奮が、それぞれの身体に入りこんできて、自然とリズムに合わせて手足が動き出すから不思議であった。
 由美ちゃんの動きは、まるでおけさ踊りのようにも見え、係長の動きはドジョウ掬いに、俺と藤本は盆踊りみたいにと、それぞれ動き易く身に沁みついた動きで、自然に身体が動き出すのだった。
 やがてそれも、ステージダンサーの動きを見よう見真似で取り込んで、周囲で踊りまくる常連たちの中に溶け込んで行くのだった。
 俺と藤本を残して、他の二人は、周りのことなど気にもせず、自然と踊り狂う人の渦へ溶けこみ、消えて行ってしまった。

 そんな二人を係長と武藤女史に任せて、俺と藤本は、金指先輩を探すべく、バーテンたちが忙しく立ち働くカウンターへ向かった。
 踊り狂う人々を掻き分けながら移動する内に、そこに集う若者たちが、人種も雑多、交わされる言葉も色々で、黒人あり、白人、チャイニーズ、コリアン……と、実に多彩な人々が、それぞれのお国風ダンスを繰り広げて楽しんでいることが感じられた。